【スバル期間工(群馬県本工場)の体験談】期間工は目的を持って働くべき

zarkiさん(男性/39歳)が期間工で稼いだ平均月収

35万円!

メーカー スバル
勤務した工場 群馬県太田市本工場
期間工として働いた期間 2013年5月〜2015年6月の2年1カ月間
zarkiさんからのメッセージ

期間工というのは、ずっと続けてはいけない仕事だと思います。
確かに給与もそこそこ良いですし、待遇面もそれなりにしっかりしている仕事が多くあります。

しかし、実際の仕事内容は、将来性はほとんどなく、その場を生きるためのものという印象です。

期間工を行っているうちに、将来の事を考え、しっかり目標を持つ事が働く人にとっては一番良いのではないでしょうか。

働いているうちに、良い出会いもありますので、一度は経験しても良いと思います。

期間工の前は営業職やフリーターをしていた

大学の卒業後、東京都内で機械設備の現場作業員と、途中から同じ会社で営業職で働いていたのですが、業績悪化により、私の働いていた支店が無くなる事になり、それと共に退職をしたのです。

しかし、地元にも帰らず、しばらくアルバイトをしていたのですが、そんな時に求人のサイトを見ていたら期間工の仕事ですと稼げそうと思い、応募したのがきっかけです。

あまり、仕事の内容など、気にしたこともなく過してきて、稼げればいいかなという気持ちでいました。

未経験でも会社員時代よりも高い給料に魅力を感じる

もともと、新卒で入社した会社を辞めてから、アルバイトをしていたのですが、その間、飲食店、警備業、深夜コンビニスタッフなどいろいろな仕事を経験していました。

また、派遣に登録もしていたので、短期作業スタッフの仕事もしていたのです。

そんな仕事を探す時には、決まって求人のサイトを見て調べていたのですが、そんな時に期間工の仕事があることを知ったのです。

しかも、仕事内容は未経験でも大丈夫であり、その上給与も当時の収入よりも上回っていたのです。

事前にスバルの工場へ下見をする

求人サイトで、期間工の仕事を見て、給与も高そうと興味を惹いたものの、いきなり東京都内から群馬県に行くということは躊躇しました。

更には、求人のサイトで高待遇を表記してあるものの、私としては半信半疑だったのです。

ただ、SUBARUという誰でも知っている自動車メーカーだったこともあり、就業場所には胡散臭さは無かったのですが、それでもいざ仕事をするとなると不安だったのです。

そこで、他のサイトを調べたり、応募する前に一度太田市の工場まで下見に行きました。その上で応募したのです。

東京都内からほど近い群馬県のスバルへ応募

期間工のキーワードを検索したことがあります。
それは、それまで、期間工という意味が解らず、単なるアルバイトにしては給与が良いですし、不安だったからです。

そして、この期間工というキーワードで求人情報を調べてみると、想像以上に多くの仕事が出てきたのです。勤

務場所もいろいろですし、SUBARUだけでなく、他の大手国産自動車メーカーも募集していたのです。ただ、実際東京都内からの移転ですと、群馬ですと近いイメージもあり応募しました。

選考会は面接と適性検査

その求人サイトで募集内容を見てみると、面接会を予約制で行っているとの事でしたので、早速応募しました。

当日は新宿のとある会館で行われたのですが、行ってみると、かなり古いビルだったのです。

面接を受ける前に、少し不安になったのですが、意を決して入室しました。

面接官の方1名と受付の方1名の計2名したおらず、それ以上に、面接者も私一人だけだったのです。

かなり不安な気持ちで、面接を受けましたので、その内容はほとんど覚えていませんが、適性検査を受けたのは覚えています。

車体組み立ての業務を担当

面接実施後、1週間もしないうちに採用の電話があり、転居することになりました。

実際の仕事は、SUBARUの太田工場内で車体組み立ての仕事のサポートから始まりました。
最初は、目の前で、車がライン上で動き、組み立てられていく様子がとても新鮮だったことを覚えています。

そして、私自身は検査という形でラインに入っていましたので、身体を動かすというより、目が疲れました。

勤務内容なのですが、最初は3交代制で深夜も働く事があったのですが、途中から2交代制に変更となり、休みも隔週休で2日はありました。

また、勤務時間についてですが、ほぼ定時で終わりることが多く、残業は月に数時間程度という状況でした。体力的には大丈夫だったのです。

寮はごく一般的な個室タイプ

寮は、勤務している太田工場のすぐ近く、車で10分位の場所でしたので、私は自転車で通っていました。

ただ、群馬という場所は、冬になると雪は降らないものの寒さが厳しく、通勤は嫌だったことを覚えています。また個室寮自体は、借り上げのアパートだったのですが、ごく一般的な個室の寮だったこともあり、とても住みやすかったです。

ただ、難点として、コンビニが、この寮と工場の間にはなく、毎日、コンビニに行くのに遠回りして帰っていました。

先輩社員に恵まれ、すぐに仕事を覚えられた

全国から人が集まっているらしく、また、期間工の経験者から、全くの未経験者まで幅広く、またいろいろな人がいました。

また、約半分は外国の人がいたのですが、彼らもとても陽気な人でしたので、仕事をしている人間関係はとても良かったです。

特に私の場合、先輩社員に恵まれて、最初、未経験で始めたのですが、先輩社員が親切丁寧に教えてくれましたので、直ぐに仕事を覚える事が出来たのです。

他の部署では嫌な先輩の話も聞いていましたので、私は恵まれていました。

休日はパチンコやオートレースに足を運ぶ

隔週2日のペースで休みになっていたのですが、この群馬県の太田工場の周囲には全く何も遊べる場所が無いのです。

つまり、出かけるにしても車で前橋や高崎、もしくは伊勢崎に行く事になるのです。
ただ、近くにパチンコ店だけはありましたので、1日中部屋の中に居るのも嫌でしたので、パチンコ店に行くことが多かったです。

また、伊勢崎にはオートレース場があり、時間の合う時は見に行ったりもしました。それなりには楽しんでいたと思います。

閑散期に入ると、仕事も減り収入もダウンする

実際に面接の時と、入社してすぐには、もっと稼げるだろうと思っていました。

特に入社してすぐのオリエンテーションでは、働けば働くほど稼げると言われ、しかも十分なサポート体制もあると言われていたのです。

しかし、実際にはSUBARUの車の販売台数にもこの仕事は影響するんだなと思ったのです。

忙しい時もあったのですが、定時で終わることもあり、さらに、途中から三交代制から二交代制になったことでの収入ダウンはあったのです。

期間工は目的を持った働き方をするべき

正直、期間工というのはその名の通り、期間限定の社員であるのですが、その後の人生も考えた上で成った方が良い仕事だと思います。

私の場合、今の給与が良ければそれでいいかなという気持ちで入社したのですが、もっとその入社後に将来の事も考える事の出来る良い機会ともなったのです。

また、周囲の働いている人もいろいろいて、今までの知らない世界に入れたんじゃないかなという気持ちもありました。

これだけいろいろな人がいると勉強出来る事が多くあります。

その一緒に働いた人の中で、この期間工で一時的に稼いで、お店を持つという夢を持っている人がいました。

実際、彼は目的がしっかりとしており、誰よりも真面目な仕事ぶりだったのです。そんな彼を尊敬出来たことも良かったです。

工場の場所に我慢できずに辞めていく人も

契約満了前に辞めた人は、それなりに多かったと思います。

急にいなくなる人もいたのですが、後から聞いたところによると、この群馬県の太田工場という立地に我慢が出来なくなったということを聞きました。

また、別の人は、期間工をやっている中で、他の期間工の仕事の方が稼げるからと移っていった人もいます。

実際、他の大手国産車メーカーの募集内容を見ると、この場所より待遇が良く、場所が近ければ私自身も移動しただろうなと思いました。

期間工満了後は、知人の飲食店で店長として働く

期間工の仕事を2年間で終了したのですが、実は働き始めて1年位の時に知り合った人と都内で飲食店をやらないかと誘われたのです。

ちなみに、私はアルバイト時代に調理師の資格を取得していましたので、その免許を活かして欲しいと言われたのです。

そして、お店の経営はその人が行うので、店長としてどうかという話を貰っていたのです。

給与については、正直な所、その期間工で働いていた頃の1/2となったのですが、楽しそうと思い始めたのです。

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2018.10.31

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