【いすゞ期間工(藤沢工場)の体験談】1年間で100万円貯められた

黒雨さん(男性/35歳)が期間工で稼いだ平均月収

29万円!

メーカー いすゞ自動車
勤務した工場 神奈川県藤沢市藤沢工場
期間工として働いた期間 2017年4月〜2018年3月の1年間
黒雨さんからのメッセージ

私は仕事仲間からの口コミで興味を持ちやってみましたが、正直想像していたよりも楽だった部分もありますし、逆に辛く感じた部分もありました。

ただそれまで工場勤務がなかった私でも出来たのだから、強い意志さえあればきっと出来ると思います。

私もそれまでの人生で経験が出来なかった事を経験出来たし、間違いなくお金以外に自分の財産になったものもあります。

ほとんどの動機は高い給料だとは思いますが、動機は何でも良いと思います。
少しでも興味を持った人は是非ともチャレンジしてみて下さい。

期間工の前はサービス業や事務職で働く

高校を卒業してから、資格の専門学校に2年間通学した後にサービス業につきました。

3年行いましたが、腰痛を患ったため続ける事が困難になったため退職しました。

その後は事務職に転向して、立場は正社員・派遣社員と様々でしたが総務・庶務・経理・営業事務など色々な職を経験しました。

お金には特に困っていた訳ではないですが、趣味にお金を散在してしまうタイプだったので同世代の人に比べると貯金が少ないのが正直不安でまとまったお金が欲しいとは思っていました。

アルバイト時代の同僚から期間工の話を聞く

コールセンターで短期のアルバイトをやっていた時に、仲良くなった同僚の人が過去に期間工をやっていたという話を聞いたからです。

話によると、単純作業に耐えられて原則寮住まいになるので一人暮らしに抵抗がなかったらだいぶお金が稼げるという話でした。

その時は就職活動の繋ぎでアルバイトをやっていたので、正直まとまったお金が欲しかったのと、工場勤務というのはやった事がないので期間限定なら適正も含めてやってみたいと思いました。

ネットでも期間工体験談を検索

私の場合には幸いなことに体験者の生の声を聞く事が出来たので、根掘り葉掘り聞くことが出来ました。
ただ過去の情報だったので、自分でネットで体験談なども検索しました。

私は一人暮らし自体は既に行っていたので問題はなかったのですが、東京にしか住んだことがなく地方で一人で住むのはホームシックになる可能性というのが一番心配だったので、可能な限り近場を選択したいと思っていました。

そのためメーカーではなく勤務地重視で申し込みをしました。

メーカーのホームページから直で申し込む

私の場合はISUZUのホームページを直で見たら募集要項(別ページ)のリンクがあったので、そこから申し込みました。

逆に言うと、その時期はISUZU以外は現在住んでいる場所からだいぶ離れてしまう募集しかなく、そこまでして期間工をやろうとは思わなかったのである意味単刀直入でした。

期間工.jpは利用しなかったのでどのようなサポートかわかりませんが、手厚いサポートがあるという情報は調べていくうちに目にした事はあります。

選考会は面接のみで、落とされることは無いと感じた

選考会は圧迫とかとは無縁の至って普通の雰囲気に私は感じました。

面接で覚えている質問は「今までの職歴」「なぜ今回この仕事に応募したか?」「期間限定の仕事だけど問題はないか?」「工場勤務・一人暮らしの経験はあるか?」といったところです。

ある程度社会経験と常識のある人ならば落とされる事はないのではないかと思いました。

念を押して言われたのは、期間限定の仕事なので期間中は任務を遂行するように努力して下さい、何かあったら相談してくださいという事でした。

タイヤにボルトをはめる作業を担当

私が担当していたのはラインで流れてくるタイヤにボルトをはめていくという作業でした。

一見簡単に見えるのですが、私は工場勤務の経験がなく車とかも全然いじった事がないので最初は不慣れでした。

作業自体は簡単でしたがライン作業のため、私が手間かかってしまうと他のところにも影響がある、というのはものすごくプレッシャーに感じましたが、時間とともに軽減されていきました。

原則朝8時~17時で残業はその日によってあったりなかったりしましたが、繁忙期は毎日のように残業がありました。

私は元々運動部で趣味で草野球をやっていたので体力的にはそんなに辛いとは思いませんでしたが、先ほど述べたプレッシャーや単純作業の連続で体力的よりかは精神的の方に辛さを感じました。

築年数が新しい寮でストレスフリー

寮の名前は失念してしまいました。
場所は勤務地から徒歩数分だったので距離的には申し分なかったです。

藤沢だったので、周りにはそれなりにお店もありました。

ワンルームで、テレビ、エアコンなど最低限の生活に必要なものは常設してありました。

なんとなくイメージで古い部屋に住まされるのかと思いましたが、想像していたよりかは築年数も新しく、それまで住んでいた部屋と大差は感じませんでした。

そのため施設面でストレスを感じたことはありませんでした。

上司や同僚や後輩に恵まれていた

私の場合は運の良い事に上司、同僚、後輩に馬が合わないなと感じた人はいませんでした。

男女比は女性もちらほら見かけはしましたが、圧倒的に男性が多く、年代は20代から50代くらいまで様々でした。

それまではどちらかというと女性が多い職場で働いていたので最初は違和感も感じましたが、気楽な部分もありそれほど大きな問題ではありませんでした。

仮に運が悪く馬の合わないような人がいたとしても、基本的には仕事中はそんなに会話がある訳ではないので、さほど気にする事ではないように個人的には感じます。

残業続きのときは1日中休むことが多かった

その時々で過ごし方は違いました。

残業が連続で続いた時は寮で1日テレビを見たりして休んでいる事が多かったです。

最低限のプライベートは守られていて、そんなに同僚とどこかに行く事はなかったですが、1ヶ月に1回くらいは一緒に飲みに行ったりしました。

また片道2時間くらいで地元に帰れる距離だったので気分転換に自宅に帰ったりした事もあります。

自宅に帰るとやはり落ち着くので、この時改めてなるべく近場で決めておいてよかったなと思いました。

一番辛かったのは「単調作業」

多少覚悟はしていましたが、やはり単調作業が続くと言うことです。

最初は全くの未経験なので気も張っているし時間が経つのが早く感じられたのですが、私の場合は1ヶ月程度で順応してそれからは1日が長く感じました。

話には聞いていましたが想像以上に辛かったです。

また今まではスーツを着て働くって事しかなかったので、作業着で汗だくのまま昼食を取るというのは初めての経験だったので、こういう細かいところも思ったよりもストレスになっていました。

1年間で100万円の貯金が実現

やはり短期間でまとまったお金が手に入るところです。
生活費もだいぶ節約出来るので、1年で100万近くは貯金出来ました。

これは普通のサラリーマンをやっていればなかなかこういう訳にはいかず、期間工ならではだと思います。

あと精神的にタフになった気がします。

今はホワイトカラーの仕事に戻ったのですが、単純作業でなく色々な作業があるのでとにかく時間が経つのが早く感じます。
これは1年間単純作業をやってきたからこそだと思います。

また交友関係が増えました。もう辞めてから半年以上経つのですが、たまにですが当時仲良くなった人とは連絡を取り、その人の地元の方に遊びに行ったこともあります。

きっとあそこで働いていなかったら出会えなかった人なのでそういった意味では感謝しております。

人間関係に悩み辞めた人がいた

私と別のチームで直接関わりがなく話した事もない人ですが、途中から来なくなった人はいます。

恐らくですがいつも一人でいたので、周りに馴染めなかったのではないかと予測しています。

過ごしていた環境など異なる様々な人がいるので、馴染める馴染めないはチームによって少なからずともあると思います。

別のチームでは上司(リーダー)で怖い人もいたと噂で聞いていたので、そのチームに当たっていたら私が辞めていたかもしれません。

私は運がよかったのだと思っています。

期間工満了後は以前のホワイトカラーの仕事へ

期間工(ブルーカラー)はこの時だけと決めていたので、今は以前のホワイトカラーの仕事に戻りました。

長く続けるのなら自分にはこっちの方が合っていると思います。

1年間だけと決めていたのでやり遂げましたが、あれをずっとやらないといけないとしたら、ひょっとしたら断念していたかもしれません。

ただ再就職の際に何社か回ったのですが、期間工の経験を話すと食いつきがよかった印象があります。

ホワイトカラーの人間からするとやはり珍しい仕事なのかもしれません。

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